インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ
本日の法話会の始まりにあたり、テロ・リンポチェはダライ・ラマ法王に歓迎の挨拶を述べ、法王の前回のトゥヴァ共和国ご訪問が1992年であったことに触れた。続けてリンポチェは、今年トゥヴァ共和国の僧伽(出家者の集まり)の精神的支柱であった僧院長のジャムペル・ロドゥー師が新型コロナウイルスにより逝去されたことに哀悼の意を表した後、10月4日に新しく僧院長に任命されたゲレク・ナツィク・ドルジュー師への祝辞を述べて、師の健康と成功を祈願した。
続いて、トゥヴァ共和国のツェチェンリン・クレー僧院からの中継により、トゥヴァ語で『般若心経』が誦経された。
法王は、法話会の3日目となる明日は、釈尊が母のマーヤ夫人の生まれ変わりを訪ねて六欲天のひとつである三十三天に昇った後、再び地上に降臨された吉祥なる日であるため、菩提心生起の儀式を執り行うと告げられた。
「とはいえ、釈尊の教えの比類なき優れた資質は、釈尊が奇跡を起こしたことに由来するのでもなければ、単なる信心からそう信じられているのでもありません。釈尊は哲学者であり、その教えの正当性はナーランダー僧院の偉大な導師たちによって論理的に検証されています」
「私たちは、第二の仏陀として知られるナーガールジュナ(龍樹)の『菩提心の解説』を読み進めています。このテキストを通じて、非仏教徒の見解ならびに唯識派の見解がいかにして論駁され、退けられるかを知ることができます」
「非仏教徒たちは、五蘊とは別個に存在する独立した自我の存在を受け入れています。私は、これは前世や来世を説明するには便利な考え方だと思いますが、ナーガールジュナは、独立した自我が五蘊と別個に存在するという概念を受け入れ難いとして退けています」
「釈尊は、事物が私たちの前にどのように現れてくるかについて説かれました。釈尊の弟子の中には、唯識派の見解に傾倒する者もいました。唯識派の見解は、外面世界に存在する事物が実体を持って存在していることを否定し、すべては自らの心の反映に過ぎないと主張しています。音や色(物質的存在)などの存在は認めるものの、それらは心と別個に存在しているのではないという立場をとっており、事物は心に刻まれた習気が熟して現れた結果であると主張しています。確かに、外界の対象物は存在しないという見解には、執着等の感覚をゆるめる効果があると思いますが、唯識派が事物は単なる心の反映であると主張するのに対し、中観派は、一切の事物は心によって名前を与えられただけの存在であると主張します。中観派がこの見解を主張する目的は、事物は実体を持って存在していると考える誤った概念を否定することにあります」
「一方で、中観自立論証派は、外面世界に存在する客観的な事物の存在を世俗のレベルにおいて受け入れています。しかし、ナーガールジュナが提起し、後にチャンドラキールティ(月称)が提唱した中観帰謬論証派の見解は、すべての客観的事物の実体性を否定しています。事物の存在は認めるものの、それは私たちの前に現れてくるようなありようで存在しているのではないという主張です」
法王は、子供時代に『入中論』と『現観荘厳論』を暗記したことを思い返され、当時は単に言葉を繰り返していただけだったことを振り返られた。法王は最近『入中論』とその自註を再び精読する機会があり、悟りへの道の階梯に関する卓越した記述に触れて、あらためて著者チャンドラキールティへの深い称賛の気持ちが起きたと述べられた。『入中論』第6章の最後の三つの偈では、以下のように要約してその教えが説かれている。
法王は再び『菩提心の解説』の続きを読み上げられ、28偈では依他起性(他のものに依存して生起する性質)、遍計所執性(概念的構想によって実体があるかのように妄想された性質)、円成実性(完全なものとして達成された性質)という三つの性質について説明された。法王は、さらに淀みなく読み進まれたのち、一時止められて、釈尊の教えには経典の教えと、体験を通して直感で得られる教えがあると述べられた。仏教の目的は、よく学び、体験を積み、それを他者と分かち合うことにあり、空性の理解が得られた暁には滅諦の実現が可能となる、と述べられた。
法王はテキストを最後まで読み終えられると、ご自身はこの教えを法王の家庭教師であったキャブジェ・ティジャン・リンポチェから伝授されたと述べられた。この教えには、深遠なる空を理解する智慧の修行と、広大なる方便の修行の両方が示されている。
「このテキストをよく読み、よく考えてください。この論書には、菩提心と空性についての見解が明快に説かれています。菩提心は利己主義を克服する対抗手段(対治)であり、空の見解は、事物が客観的な実体を持って存在しているという強い執着をなくすための対治となります。菩提心は私たちの目的を成就するための最良の手段です」
ここで、トゥヴァ共和国のショルバン・カラオール大統領が質疑応答を始めると告げた。さらに、トゥヴァ共和国に新しく建設中の仏教寺院が完成間近であることを法王に報告し、この寺院の命名を法王に願い出るとともに、寺院の果たすべき機能についての助言を求めた。
これに答えて法王は、「この寺院を “トゥプテン・シェドゥプ・リン” と命名します。“トゥプテン” は仏陀の教え、“シェドゥプ・リン” はその教えが教示され、修行される場を意味します。学ぶべき主要5科目は、中観の見解、般若波羅蜜(完成された智慧)、阿毘達磨(アビダルマ:論書)、僧院の運営規律、論理学と認識論です」
「般若波羅蜜は、悟りに至る修行道の進み方、つまり、土台の段階、修行道の段階、一切智の段階についての知識などを明確に提示しています。仏陀の教えの特徴は中道の解説の中に見ることができます。般若波羅蜜の教えと中道の見解こそ学ぶべき中心分野です。こうした学問を実践できれば、トゥプテン・シェドゥプ・リンという名にふさわしい実践の場となることでしょう」
「私は皆さんから、寺院の落慶法要を執り行ってほしいというお招きを頂きましたが、今は新型コロナウイルスの世界的大流行のため、実現が難しい状況です。しかし、私には中国の五台山を訪れたいという願いがありますので、それが実現した際にはトゥヴァ共和国も訪問できることでしょう。あなた方の請願は心に留めておきます」
次に、新僧院長となったゲレク・ナツィク・ドルジュー師が、幼稚園や小学校でどのように仏教を教えるべきかと質問した。法王は、もしトゥヴァ共和国にインドで仏教を学んだ人々がいるならば、その方たちが教師育成のための適切な訓練を提供できるはずだと答えられた。
続いてロシアのジャーナリストが、現在の不確かな状況下において、自分や世界をどうやってよりよく変容させたらよいのかと尋ねた。法王は、新型コロナウイルスの世界的大流行は、私たちの悪しきカルマが熟した結果であることに同意されたが、医師や看護師の方々が病人の看護に全力を注いでおり、研究者たちも治療薬の開発に懸命に取り組んでいるのだから、勇気を失ってはならないと述べられた。
法王は、カルムイク、ブリヤート、トゥヴァの各共和国の人々は伝統的に仏教徒であるのだから、ターラ菩薩の真言を唱えるのが良いであろうと提案され、ご自身もコロナ禍の収束を願って毎朝唱えていると述べられた。
続いて法王は、瞑想の習慣を身につけるにはどうしたらよいかという質問に対して、毎日朝と夕方に30分か1時間、静かに座って瞑想することを勧められた。早朝は心が清澄なので瞑想に適している。一日の始まりに良い動機を設定することは有益なことであり、夜寝る前に菩提心を起こすことができれば、睡眠中もずっと善い心を維持することができる。物を食べるときは、大勢の人々がそれを作るために働いてくれたおかげであると考えれば大変有益である。
次の質問者に対して法王は、空について瞑想する時は、否定対象が何であるかを正しく認識できているかどうか検証するようにとアドバイスされ、次のように述べられた。
「空性を正しく理解できたなら、空がどのように慈悲の心や利他心を支えているかが理解できるでしょう。同時に、破壊的な感情(煩悩)から苦しみが生じることも理解できることでしょう。“私” という感覚から自分への執着が生じ、事物に対する執着が引き金となって、輪廻に生を受けることになるのです」
「常に新鮮な気持ちで修行を続けたいのであれば、学校のカリキュラムをこなすような気持ちで日々の修行を繰り返してはなりません。もっと広い視野に立って修行をしてください。修行を日々の雑事のように捉えてはいけません」
「私たちは世界平和の実現について語りますが、一方で人々は争い、最近では宗教の名の下で戦いや殺人が起きています。いずれにしても、現在の教育システムでは不十分であり、身体の健康を保つために衛生観念は教えますが、健全な心を保つための教え、すなわち、何が自分の心をかき乱すのかについては、ほとんど教えていません。しかし、他者に対する利他の心を育むことで、私たちの心は平和になります。それが家庭の平和や、より広い人間社会の平和へとつながるのです」
法王は、自分を導いてくれる師を探すことについての質問に対し、仏教を学ぶには必ずしも生きた師から伝授を受ける必要はないと答えられた。
「重要なのは、正しい教えが説かれているテキストを読むことです。もしシャーンティデーヴァ(寂天)の『入菩薩行論』がロシア語で入手可能なら、それを読むと良いでしょう。そうすれば、自分さえよければいいという利己主義的な態度の過失と、利他的な態度がもたらす利点が理解できます。私はこのテキストを師とすることをお勧めします。怒りが生じた時は第6章の忍耐についての教えを、嫉妬が生じた時は禅定について説かれた第8章を読んでください。毎日、あるいは時間のある限りこのテキストを読んでください」
「私がラサにいた当時は『菩提道次第論』がよく読まれていましたが、インド亡命後にクヌ・ラマ・リンポチェから『入菩薩行論』の伝授を受けて以来、私はこのテキストを好んで説くようになりました」
最後にナターシャ・イノゼムツェヴァ氏が法王に謝意を伝え、明日の再会を楽しみにしていると述べて本日の法話会は終了した。