インド、ムンバイ
今朝、晴天のもとで止むことのない風が木々の葉を散らすなか、ダライ・ラマ法王は、招待を受けたインド工科大学ボンベイ校のあるムンバイ北東部のポワイに到着された。法王が校舎に到着されると、学長のデヴァン・ヴィピン・カカール氏と学生課長のソウミョ・ムケルジ教授が温かく出迎え、そこで法王は「チェマル・チャンプー」(ツァンパ、バター、大麦酒の供物)と呼ばれるチベットの伝統的な歓迎を受けられた。
その後法王は、直接講堂に案内された。ステージ上には薬師仏の仏画や法王の写真が飾られ、前方はタルチョ(五色の祈りの旗)で飾られていた。法王は法座に座られる前に、ステージの中央と両サイドから合掌して、主に学生からなる2,000人の参加者に挨拶をされた。
講演会のスタッフで、チベット人女性のテンジン・デキョン氏が法王を聴衆に紹介した。
学長のカカール教授は、同大学の60周年記念の年に法王のご講演をいただけるとは実に大きな喜びであると述べた。カカール教授は、法王と、今年のテクフェスト(TechFest)の開会式に参加した人々を歓迎した。テクフェストは、科学技術を学ぶ熱心な学生が集まる行事であり、アジア最大の科学とテクノロジーのフェスティバルである。カカール教授は、インド工科大学ボンベイ校は、経済学、英語、哲学、心理学、社会学といった科学と工学技術を超えた広範囲にわたるプログラムを実施することで、高度な教育を行うことを目的としていることを述べた。
法王はまず、会場の聴衆に向かって挨拶をされた。
「おはようございます。私はほとんどの皆さんが若者であると知って、とても嬉しく思います。皆さんのように若い人たちと一緒にいるときは、私も若返ったような気がするからです。尊敬する兄弟姉妹の皆さん、時間はつねに進んでいます。それを止めることはできません。過去に起きたことを変えることはできませんが、未来は変えることができます。21世紀に生まれた皆さんが今から努力するならば、世界をよりよく、幸せにすることができるのです」
「ここで、皆さんに質問をさせてください。皆さんは人の笑顔を見るのと、しかめ面を見るのではどちらが好きですか?」参加者たちは一斉に、「笑顔が好きです」と答えた。そこで法王は次のように語られた。
「誰もが周りで微笑んでいるならば、あなた方は幸せを感じ、安心できますね?1954年に私は中国を訪問し、多くの公式的な式典に参加しましたが、それらはすべて重い雰囲気の中で行われました。1956年にはインドを訪問しましたが、ブッダ・ジャヤンティ(仏陀生誕記念日)に開かれた会議も、むしろ、いかめしく堅苦しいものでした。私は微笑んでいる人たちを見るのが好きです。微笑みは友情の現れであり、次々と信頼やうち解けた関係が生まれてくるからです」
「他の人たちも、自分とまったく同じひとりの人間であると考えることは良いことです。私たちは同じように生まれ、同じように死を迎えます。私たちが生きている間は、他の人々を友達としてお互いに信頼し合うことが大切です。私たちが他者の幸せを願う偽りのない心を見せることにより、他者からの信頼を得ることができるからです」
「3000年以上にわたって、インドでは心と感情の働きについての知識が培われてきました。 一点集中の瞑想(止:シャマタ)と鋭い洞察力を養う修行(観:ヴィパッサナー)は、いくつかの宗教的な伝統に共通する実践であり、心の平安を得るために役立つものです」
会場の参加者から、心や意識とは何であり、どこから来るのかと質問された法王は、実質因と間接的な条件を区別され、意識は物質的な微粒子の集まりによって生じるのではないと述べられた。現在の意識の実質因は、一瞬前の意識である。前世のことを記憶している人がいるが、それはこの理由によっている。一方、脳は意識を生み出す間接的条件のひとつであり、同じように眼も知覚を生み出す間接的条件のひとつである。
受胎する時の子どもの体の実質因は、両親の精子と卵子であるが、その子の意識の実質因は前世の意識である。これが、仏教が転生を説く理由である。
法王は聴衆からの熱心な質問にお答えになるなかで、人々は暴力にうんざりしており、人間性はさらに成熟しつつあると語られた。将来のダライ・ラマが女性である可能性について問われると、法王は「あり得る」と答えられ、釈尊は受戒に関して男女の弟子に平等な機会を与えたことを示された。
法王はさらに、科学による最新の発見と分析的な思考に加えて、私たちは常識や日常的な経験に頼るべきことを最後に述べられた。さらに法王は、たとえ裕福な家の家族であっても、お互いの信頼関係がなければ幸せになれないことを理解するのは簡単であると述べられた。一方で、物乞いの一家であっても、愛情にあふれた家族であれば、幸せはたやすく得られる。法王は、こういったことから学べるのは、未来のことはさておいて、やさしさと思いやりこそ、今この人生において 必要なことであると語られた。
法王はステージから降りられると、聴衆が一斉に法王のもとに駆け寄った。学長と学生課長は法王を車まで案内し、法王はホテルに帰られた。
明日、法王はデリーに戻られ、ブッダガヤに向かわれる予定である。