インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方レー
昨夜の大雨で会場にはぬかるみが多数残っていたにもかかわらず、今日、ダライ・ラマ法王の法話会の最終日にも6万人(ラダック仏教協会発表)の聴衆が参加した。
法王が法座に着かれ、聴衆に挨拶をされると、サスポル出身のツェリン・ソナム氏から過去50年にわたる法王のラダックご訪問についての本を出版したいとの申し出があった。その後法王は次のように述べられた。
「今日は法話会の最終日ですが、まず『入菩薩行論』の第6章まで読み終えてから白ターラー菩薩の長寿灌頂を授けます。それに引き続き、私のための長寿祈願法要となりますが、弟子の皆さんだけでなく私自身も一緒に祈りましょう。師弟関係は親子関係のようなもので、一緒に祈ることでより効果的になるとカダム派ゲシェのポトワも言われました。のちにジャンムー・カシミール州首相のサイード女史も参加されることになっています。今から私は長寿灌頂授与のための準備の儀式を行いますので、皆さんは祈願文を唱えていてください」
灌頂授与の準備が整ったところで、法王は『入菩薩行論』の解説を再開され、世間八法(損得・名誉不名誉・非難賞賛・楽苦)と言われる感情の浮き沈みに支配されると利益は少ないこと、そして出世間の悟りを求めるなら慈悲こそが最も大切な要素であり、その最大の障害である怒りへの対治となるものが今解説されている第6章の忍耐であると述べられた。さらに、テキストの中では、『悟りの因となるのは、半分は仏陀の力に依るが、残りの半分は有情に依るので、仏陀と同様に有情も等しく尊敬すべきである』と述べられている。
ここで法王は、僧侶や尼僧たちには暑い日差しを避けて頭を覆うように、また初日に仏教哲学に関する討論を披露したチベット子ども村(TCV)などの学生たちには法座の近くに座って聴くようにと指示された。
法王は再び『入菩薩行論』に戻られ、「もし有情のひとりでも無視したり傷つけたりするならば、有情の守護者である仏陀や菩薩たちはどう思われるでしょうか。この本の中でシャーンティデーバは『今からは如来を喜ばすためにすべての有情に奉仕し、一切の害する行いを止めよう』と誓われているのです」
「心は脳と深いつながりがありますが、心の本質は、“明らかで、対象を知ることができる” ものなのです。仏陀の一切智を得る主因となるのは、私たちすべてに備わっているこの光明の心であり、修行によって所知障を取り除いた時に、この光り輝く光明の心が顕現します。これが仏性と呼ばれるものであり、始まりなき遠い昔から仏陀の境地に至るまで、変わることなく私たちの心の中に存在しています」
「私たちがごく普通の状態で覚醒している時には、五つの感覚器官に依存して様々な意識が働いていますが、死に際しては心臓や血液の循環が停止し脳死となります。しかし、脳死に至ったあとも禅定に入ったままで、身体は温もりを保って新鮮さを保つ高僧の方々もいます。トゥクダムと呼ばれるこの現象については、神経科学者たちによる研究も行われていますが、身体的な死により粗いレベルの意識が停止した後でも微細なレベルの心が体の中で生き続けているのです。次の生へと転生するのはこの最も微細なレベルの意識であり、これが仏陀の境地に至る主因となります。心の空性そのものについて瞑想することによって、最も微細なレベルの意識を認識することができるのです」
第6章の中では次のように述べられている。
法王はこの偈を読まれたところで、質素な身なりでインドの人々に献身し、ご自身も尊敬されているマハトマ・ガンジーの生き方を思い起こされた。そして「今年の法話はここまでにして、来年はその続きから再開することにしましょう」と言われた。
その後法王は、すぐに白ターラー菩薩の長寿の許可灌頂の準備に入られ、在家信者の戒律と菩薩戒を授けられ、灌頂の授与が完了すると、仏陀、観音菩薩を始め幾つかの真言を聴衆に伝授された。
法王に捧げる長寿祈願法要では、ラダック仏教協会の会員たちが供物を捧げ、楽器を奏でた。長寿祈願法要の終了間際にジャンムー・カシミール州首相のメヘブーバ・ムフティ・サイード氏が到着し、サイード氏は伝統的なショールを法王に捧げ、法王はサイード氏にカタ(チベットの儀式用の絹スカーフ)を贈られた。
ラダック仏教協会代表のツェワン・ティンレー氏が法王始め来賓に挨拶してから、次のように感謝の言葉を述べた。
「世界中で暴力や原理主義がはびこる中で、ダライ・ラマ法王はラダックを毎年訪問され、数々の法話や現地に必要なアドバイスによって、ラダックの平和を守りたいと望む人々を助けてこられました。来年以降も必ず来ていただきたいと思います」
次に、州首相のサイード氏が法王や来賓に謝辞を述べ、聴衆に「ジュレー(ラダック語のこんにちは)」と挨拶した。そして、どこに行かれても平和をもたらされる法王がこの地を訪れることにより、ラダックを含むジャンムー・カシミール全体に大きな加持を与えてこられたことに感謝を表明し、次のように述べた。
「法王がイスラム教も平和の教えであると明言され、本来のイスラム教徒はテロリストとは違うと言われていることに感動しています。条件が整えば、法王がカシミール渓谷を訪問されて、人々に加持をくださるようご招待したいと思います」
それに応えて法王は次のように述べられた。
「私たちの抱えている多くの問題は、私たち自身で作り出したものです。狭く短絡的な見方ではなく広い視野を持ち、例えば人間社会はひとつであるという感覚を育めば、多くの問題は解消することでしょう。インドにおいては宗教間の調和が長く保たれており、この精神を模範として世界中の宗教も共存が可能であることを、私はどこに行っても出来る限り伝えるようにしています。私から申し上げたいことは以上ですが、今回ラダックやザンスカールなどの各地を回ることができて、すべて順調に終了することができました。皆さんのおかげです。ありがとうございました」
法王は、州首相が帰るのを見送られてから、シワツェルの法王公邸に戻られた。その後、多くの聴衆はそれぞれの家に戻って行ったが、残った人々は大きな傘を日よけにしてその場でピクニックを楽しんだ。