インド、デリー
ダライ・ラマ法王は今日、インドの公共政策研究機関であるヴィヴェーカーナンダ国際財団の招きを受けて、古代インドの思想と現代社会との関わりについて講演を行われた。ヴィヴェーカーナンダ国際財団はチャナキャプリと呼ばれるニューデリーの大使館地区にあり、スタッフの多くは官僚や当局の退職者、退役軍人である。到着された法王は、N.C.ビジュ将軍の出迎えを受けて2階の会場に入られた。会場を埋め尽くしたおよそ250名の聴衆に向けて、法王は次のように語られた。
「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ師の記念館であるこの場所で、こうしてお話できることを大変光栄に思っています。私が1959年にインドに亡命したとき、まず考えたのは、チベットの伝統文化であるナーランダー僧院の知識をいかにして維持していくかということでした。幸いにも、パンディット・ネルー首相をはじめ、数々の州政府の助けによって、私たちがナーランダー僧院の教えの学び舎としてきたチベット僧院をインドに再建することができました」
「亡命後、私はさまざまな研究分野の専門家と対話を重ねるうちに、チベット人が守り続けてきた知識が、今日の時代の要請に応えるものであることを確信するようになりました。このように確信するようになったのは、古代インドの大学匠たちがきわめて的確かつ明確に唯識派や中観派の哲学的見解を説かれたことが理由にあります。古代インド心理学の深遠さに比べれば、失礼ながら、現代心理学はかろうじて幼稚園レベルに達したくらいのところでしょう。科学者や専門家たちとの対話を通して、私は、チベット人が守り続けてきた知識が今日の人類に役立つものであることを確信したのです」
「倫理的な危機に直面している今、世界中の人々が精神的緊張や不安を抱えています。このような時に有効な薬は、基本的な思いやりの心に基づいて知性や頭脳を使うことです。それには、人間の心のよき本質を高めるための教育を取り入れて、いかにして悪しき感情を克服していくのかを学ぶ必要があります。恐れや怒りを常に抱いていることによって免疫機能が低下し、思いやりの心を培う訓練をすることによって免疫機能を向上させることができることは、科学者たちが実験によって明らかにしていることです。長年にわたるインドの伝統であるアヒンサー(不殺生・非暴力)の行為と、その動機であるカルーナ(慈悲)には、思いやりの心を培うという大きな役割があるのです」
さらに法王は、現代のインド社会について、物質的に大きな発展を遂げることを目指すにつれて、不殺生や非暴力、慈悲といった内面的価値に目が向けられなくなっていることに言及された。そして、「慈悲を動機として行動するならば、他者を搾取することもなくなるでしょう」と述べられると、最後に次のように聴衆に呼び掛けられた。
「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、数千年前から培われてきた皆さんの伝統にもっと目を向けてください。不殺生や非暴力、慈悲の伝統を生活の一部としてください。そして、インドは世界中の伝統宗教が共存する唯一の国家であるということを忘れないでください」
続いて法王は、楽しみにしておられた聴衆との質疑応答に入られた。最初に挙がったのは、「82歳というお歳に見えませんが、どうすればそのように若くいられるのでしょうか?」という質問であったが、法王は、「それは秘密です!」と応じられ、夜は9時間の睡眠を取り、朝3時に起床して5時間の瞑想を続けておられることを語られた。そして、16歳で自由を失い、24歳で祖国を失い、今もチベットから届く連日の悲報に接し続けるという苦しい人生であるにもかかわらず心の平和を維持していられるのは、毎朝の分析的な瞑想が土台にあることを説明された。
続いて、法王のご旧友で元BBCニューデリー支部局長のマーク・タリー氏が、「経済について、ナーランダー僧院の伝統という見解から意見をお聞かせください」とお願いすると、法王は、「豊かな国々においてさえ貧富の差が広がっているのは、根本的な道徳が欠如していることの表れです」と述べられた。
最後に、ビジュ将軍が閉会を告げて、法王に謝意の言葉を伝えた。
明日、法王は早朝にデリーを発たれ、アンドラ・プラデーシュ州ヴィジャヤワダに向かわれる。