ダライ・ラマの化身認定制度について

はじめに

チベット内外のチベット人をはじめとするチベット仏教の追随者である僧俗すべて、ならびにチベットおよびチベット人に関わりのあるすべての方々に申し上げます。
雪の国チベットでは、過去に出現した王、大臣、学者、成就者たちの恩を受け、三乗(声聞・独覚・菩薩)および四部タントラ(作・行・瑜伽・無上瑜伽)に集約される完全なる仏勝者のお言葉と思想からなる教説と、これに関連するすべての文化が広く普及してきました。チベットは、仏教ならびに仏教文化におけるこの世の源として、その役割を果たしてきたのです。とりわけ中国、チベット、モンゴルをはじめとするアジアにおいては、無数の有情の幸福に寄与してきました。
こうした勝者の教説を世代から世代へと継承する過程において、学究と成就との両方を兼ね備えた偉大なる人物の転生者を認定するというチベット独自の伝統が伝搬し、仏法と有情に対してはもとより、とりわけ僧衆に対して無量なる利益がもたらされてきました。

15世紀には、一切智者ゲンドゥン・ギャツォが尊者ゲンドゥン・ドゥプの転生者(化身)として確定が得られるという認定が行なわれ、ガンデン・ポタン・ラブランが創設されました。以来、転生者(化身)を認定する制度が確立され、その第3世ソナム・ギャツォにダライ・ラマの称号が与えられることとなりました。1642年には、ダライ・ラマ第5世ガワン・ロサン・ギャツォがガンデン・ポタン政庁を樹立し、ダライ・ラマがチベットの宗教と政治両面の最高指導者を務めるというダライ・ラマ政権が確立されました。ゲンドゥン・ドゥプの再化身として認定されて以来、今日に至るまで600年以上もの間、決して誤ることなく歴代ダライ・ラマの転生者を認定してきたのです。

歴代ダライ・ラマは、1642年から369年間にわたり、チベットの政治と宗教両面の指導者としての役目を果たしてきました。今、私は大いなる歓びと意志をもってこの制度を終わらせます。我々は、この世界で普及している民主制という偉大なる体制を推進することができるのです。将来においてダライ・ラマの化身譜を継続させる必要があるかどうかについては、チベット人たちが決定すべきであるという旨を、私は1969年に声明として発表しています。しかしながら、明確なガイドラインがないがゆえに、ダライ・ラマの化身認定制度が継続されるべきであるという声が高まっており、政治的目的を達成するためにこの制度が誤用されてしまうおそれがあるのは明らかです。したがって、私が身体的、精神的にいたって健康である今のうちに、次のダライ・ラマを認定するためのガイドラインを作り、問題や策略などが将来的に決して起こる余地のないものとすることが大切であると思われるのです。これらのガイドラインを完全に理解し、化身(トゥルク)認定の実際の方法やその基盤にある思想や儀軌などを正しく知っておくことは不可欠ですから、以下にその要点を述べたいと思います。


前世・来世


「化身(トゥルク)」というこの現実を認めるためには、前世・来世というものの存在を認めることが前提となります。心を有する生物(有情)は、前世から今世へと生まれてきて、今世のからだの所依が消滅した後に再び来世に生まれます。このような継続的な転生は、唯物論を主張するローカーヤタ学派以外のすべての古代インドの宗教や哲学者に共通して認められています。近年の哲学者のなかには、物質として現実に見えないということだけを理由に「前世・来世は存在しない」と語る人もいます。しかし一方で、客観的判断力を伴う科学者のなかには「見えないという理由だけで、存在しないと断定することはできない」とする人もいます。

多くの宗教や哲学が前世・来世というものを認めていますが、転生をする主体たる生物とはどのようなものであるのか、どのように転生するのか、前世から来世へとどのように結生相続しているのか、といったことの規定については一致しない点も多くあります。「来世はあるけれども、前世というものはない」と主張する宗教もあります。

概して仏教徒は、生というものは無始であること、業と煩悩を断滅して輪廻から解放されて解脱を得れば、業と煩悩に支配された来世を得ることはないということを信じています。つまり、業と煩悩の結果として来世を得るということには終わりがあると考えているわけですが、大部分の仏教哲学学派は心の連続体が途切れることはないと考えています。もし前世や来世がないと主張すれば、土台・修行道・結果という仏教徒の修行階梯の三項目すべてが心の連続体の上で少しずつ発展していき確実なものとされるべきであるということに矛盾が生じてしまいますし、また論理的に考察しても、我々の住んでいるこの場所にある物質世界(器世間)とそこに輪廻している有情(有情世間)が、無因無縁から生起するということを承認しなければならなくなるのです。したがって、仏教徒である限り、前世と来世は必ず認めていなければならないものなのです。

前世を思い出すことができる者たちにとって、前世・来世は知覚不可能なものではありません。しかしながら凡夫の大多数は死有・中有・生有という、死んでから別の肉体に生まれ変わるまでの過程を経る際に過去世の境涯のすべてを忘れてしまいます。このように前世・来世が知覚不可能な曖昧なものであるがゆえに、我々は根拠に基づいた論理によって前世・来世を証明してく必要があるのです。

釈尊のお言葉のなかにも様々な論証があり、前世・来世の存在を証明する注釈もあります。それらを簡単に述べるなら、因果関係にあるものは必ず同種類のものが先行しているという論理、結果に対応した資料因が先行しているという論理、その心が過去において慣れ親しんでいるという論理、過去において経験として得ている、という四つの論理にまとめることができます。

これらの論理はすべて究極的には、心の本質とは汚れがなく、対象物を知ることができるものであり、ゆえに汚れがなく、対象物を知ることができるということが資料因(実質的な原因)としてあらねばならない、という考え方に基づいています。心を持たない物質的な存在を資料因として持つことはできないのです。これは明らかな事実です。私たちは論理的に分析することで、因なしには、あるいは無関係の因からは、汚れがなく、対象物を知ることができるという新たな心の連続体が生じることはない、と考えています。研究室で心を生み出すことができないのと同じように、汚れがなく、対象物を知ることができる微細な心の連続体を断絶させることができるものなど何一つない、と私たちは考えているのです。

私が知る限り、現代の物理学者や心理学者、神経科学者のいずれであっても、因なしに、あるいは物質的な存在によって心が生み出されるのを観察したり予測できた人はいません。

自分の前世、さらにはいくつもの過去世を思い出すことができて、当時住んでいた場所や近親者までも正しく特定できるという人たちがいますが、これは単なる過去の話ではありません。現在でも、過去世の出来事や経験を思い出すことのできる人たちが東洋や西洋の様々な場所に大勢います。これを否定することはできませんし、公平な判断でもありません。伝統的なチベットの化身認定制度は、過去世の境涯を今生で想起できるという経験に基づいた正当な調査方法なのです。


再生の方法


死後に再生を得る場合には、業と煩悩に支配されて再生する場合と、慈悲と祈願の力によって再生する場合の二つがあります。前者は、無明の力によって意識の上に薫習された善悪の業の習気によるもので、臨終時の強い執着などによって習気が覚醒して来世の生を誘引します。この場合は、善趣(天・人)もしくは悪趣(畜生・餓鬼)か、どこに生まれるのかまったく選択のない状態で生を受けることになります。凡夫たちはこのようにして、自らの意志とは無関係に生死の輪を流転しているのです。しかし、そのような境遇にあってもなお、常に日頃から善に励もうとする意志と修習によって、臨終時に善業を覚醒させて善趣に生まれることはできます。これに対し後者は、「真実を見た段階(見道)」という修行階梯に到達した菩薩たちであり、業や煩悩によって再生するのではなく、一切有情に対する慈悲の力や再びこの輪廻に転生して利他を実現したいという祈願によって再生します。このような人たちは、時・場所・両親を自分の意志で選択して、利他という目的のためだけに生を受けることができます。


「化身(トゥルク)」の意味

チベットの伝統において認定された再臨者は「トゥルク(化身)」と呼ばれます。これは信仰心の厚い人々が敬意を込めて表現した言葉が伝承されてきたものであると思われます。一般に「化身」とは、顕教の典籍で仏の三身もしくは四身が説かれる際の仏身の一つを直接表現した名称です。煩悩と業によってあらゆる束縛を受けている人が修行の道へと向かい、福徳と智慧によって煩悩や業、それらの習気を断じ、無垢なる心が一切法を理解する智慧を「智慧法身」と呼び、そのような心の法性を指して「自性身」と呼びます。さらにこの両者を総称して、「法身(真理のからだ)」と呼びます。しかしながらこれらの仏身は、仏たちの間で互いに認識できるものであって、それ以外の者たちは直接まみえることはできません。そこで、一切有情の救済者として物理的な形をとった仏の顕現(色身)が不可欠となり、こうした理由から、物理的に究極的な仏の相(究極色身)として「受用身」(報身)があります。受用身は菩薩の地に住している菩薩たちの前に現われることが可能であり、色究竟天の所依にいる者たちに対する五つの決定事項を有します。さらに「究極色身」は、仏の化身として無数の身あるいはトゥルクといった「変化身」となり、これは人や神として凡夫の前にも姿を現わすことができます。これらの二つは、「利他色身」と表現されます。

また「化身」には、実際に悟りの境地に至る方法を衆生たちに見せるために特定の場所・時に降臨して、仏陀としての十二の行ないを示してくださる釈尊のような「最勝化身」、技芸に秀でた者として衆生利益の活動をする「巧工化身」、天・人・畜生・水・橋・薬・薬木などに変化して衆生利益の活動をする「生化身」の三つがあります。チベットで<再臨者>として認定されて「化身」と呼ばれている人々は、これらのうちの「生化身」に分類されます。トゥルクのなかには仏の「生化身」そのものである化身ラマもたくさんいるでしょうが、逆に言えば、皆がそうというわけではありません。チベットの「化身」たちのなかには、有学の聖者、資糧道・加行道位にいる凡夫、菩薩道にまだ向かっていない者たちもいます。したがって「化身」という称号は、仏陀の生化身に似たような存在であるという理由か、仏陀の特定の資質と結びつきがあるという理由のいずれかに基づいて転生ラマに与えられるものなのです。

ジャムヤン・ケンツェ・ワンポも、「転生とは、先代の死後に次の者として生を受けたときに生じるものである。一方で化身とは、死を伴わずして顕現が生じるものである」と説かれています。


転生者を認定するということ


ある特定の人物の前の転生を確認して、誰が誰として前世で生まれていたのか、ということを明確に指摘する習慣は、釈尊が生きておられたときから存在しています。四部阿含の律・本生譚・賢愚経・百縁経をはじめとする多くの経典やタントラには、如来が、どのような生において如何なる業を積んだことによって現在のこの結果を味わうことになったかという因果応報の経緯を弟子たちに詳細に教示する場面があります。また、釈尊の涅槃の後に続いて出現されたインドの学者や成就者たちの行状伝にも、その方の転世者がどこでどの身として生まれたのか、という状況について非常に多くの記述があります。とはいえインドにおいては、チベットの伝統のように再臨者を認定することで転世者の代を数えるという習慣はありませんでした。



チベットにおける化身認定制度


前世・来世の存在は、チベットに仏教が拡がる前のボン教でも認められていました。仏教が普及して以降は、チベットの知識人のすべてが前世・来世の存在を確信し、仏法を護持した多くの偉大なる方々がその転世譜として過去にどのような生を受け、衆生済度をされていたのかということの詳細を追求したり、信仰によって再臨を祈願する習慣が普及することとなりました。『マニカンブム』や『カータン五部』など古代のチベット文献をはじめ、11世紀に無比なる大ジョウォ・アティーシャがチベットに滞在されていたときの問答である『宝飾の鬘』、〔アティーシャの弟子のドムトンパの著した〕『カダム子法』など、聖観音菩薩の転世譜を示す権威ある多くの典籍が非常に古くから著されてきました。しかし、現在行なわれている化身認定制度は、13世紀初頭にカルマパ・ドゥースン・ケンパの弟子たちが、師の予言に合致するとしてカルマパ・クシを師の化身として認定し、信仰したことにはじまります。以来、現在に至るまで約800年間にわたって17代のカルマパが出現されました。また15世紀には、クンガー・サンモをカンドー・チューキ・ドンメの再臨者として認定し、現在に至るまで10数代のサムディン・ドルジェ・パクモの転世者が現れています。このようにチベットで再臨者として認定された化身には、出家者、密教行者、男性、女性といった様々な人々がいます。この制度は、他のチベットの伝統宗派やボン教などの他の宗教にも拡がりました。現代ではサキャ派、ゲルク派、カギュ派、ジョナン派、ボン教徒などすべてのチベット仏教学派において化身として認定された化身ラマが存在し、仏法の発展に貢献してきたことはもちろん、なかには教えを衰退させてしまった者さえいたことは、みなさんがご存知の通りです。

ジェ・ツォンカパの直弟子である一切智者ゲンドゥン・ドゥッパは、ツァンにタシルンポ僧院を建立されて、後進を指導され、1474年に84歳で遷化されました。その時すぐには、その再臨者の認定を求める者はいませんでしたが、1476年にツァンのタナクに生まれたサンゲー・チューペルという名の子どもが前世の境涯を想起して不思議ながらも嘘のない多くのものいいをなすということが起こり、認定する以外にはないということになりました。以来、ダライ・ラマの転世者はガンデンポタン・ラブランが、後にはガンデンポタン政庁が正しく認定すべきであるという制度がはじまりました。


再臨者の認定方法


再臨者の認定制度が普及して以降、その方法も次第に発展していきました。なかでも伝統的慣習として最も重要なものは、先代の遺言・指示・同定のための徴候と、それぞれの再臨者が幼少期に過去世を想起して正しい内容の話ができること、先代が使用していた物品を同定できること、先代の周囲の人々を同定できることです。この他にも、正しく勝れた人物のお心でその真偽を諮っていただく、護法尊が降臨する人々に予言の伺いをたてる、ラモラツォ湖など護法尊の聖湖で徴候を確認するなどの様々な方法があります。

候補者が複数現れ、真偽の選定が困難になった場合は、仏像などの御前で真実の力を請い願い、籤引きを行なって決定するという習慣も起こりました。


未涅槃化身


一般的に「再臨者」というのは、先代が遷化した後に、その人物が再び人間のからだに生まれることが必要とされています。凡夫には「未涅槃化身」(先代が涅槃する前、つまり身体的に存在している間に、次の化身を出現させること)は起こりえません。しかし、同時に百や千もの多くのからだを出現させることができる聖者の菩薩の場合は、「未涅槃化身」は必ず起こり得ます。とはいえ、チベットの化身認定制度では、先代の心相続が同一である化身、業や祈願が関係している化身、任命もしくは加持された化身など様々な化身があります。

化身が降臨しなくてはならないその目的の中心は、先代のからだの寿命があるうちに、仏法と有情のための仕事にやり残しがあり、それを受け継いで実現しなければならない、ということにあります。凡夫のラマであれば、相続を同じくする再臨者の代わりに、自身の使命と祈願に関係のある浄業の別の人物を化身として認定したり、自分の弟子や他の若い世代の者を化身として認定することも起こり得ます。また、心相続が同一ではない再臨者である「未涅槃化身」は凡夫の場合にも起こり得ることです。大ラマが複数の化身を同時に持つことができるのと同じように、先代の一つの心相続に身・口・意の化身などの多くの再臨が同時に降臨することも起こり得ます。ドゥージョム・ジクデル・イェシェー・ドルジェやチョゲー・ティチェン・ガワン・ケンラプをはじめ、最近でも有名な「未涅槃化身」はたくさんいます。


金瓶掣籤(きんべいせいせん)




世の中が衰退して腐敗してゆくにつれて、政治的な動機から不正な策略によって認定された偽物が現れるようになり、再臨者として認定される大ラマの数が増加しました。その結果、仏法にも大きな危険が生じることとなりました。

そうした状況下で、チベットとグルカの紛争(1791年~1793年)が起こり、チベット政府は満州軍に支援を求めなければならなくなりました。グルカ軍はチベットから駆逐されましたが、そのとき満州朝(清朝)の派遣軍司令官たちはチベット政府の行政力を強化するという名目で29条の約定を作りました。この約定には、ダライ・ラマ、パンチェン・ラマ、それ以外のフトクト(大ラマ)たちの転世者は金瓶掣籤による籤引きで決定しなければならないとする項目が含まれていました。このような理由から、ダライ・ラマ、パンチェン・ラマ、その他の大ラマの転生者の認定に金瓶掣籤が用いられることとなり、ダライ・ラマ8世ジャンペル・ギャツォによってその儀軌が書かれました。しかし、このような制度が導入されたとはいえ、ダライ・ラマ9世、13世、そして私14世の認定では金瓶掣籤は省略されました。

ダライ・ラマ10世の場合は実際には行なわれなかったのですが、あくまでも満州の顔をたてるために、金瓶掣籤を行なうという旨の広報が行なわれました。
実際に金瓶掣籤が用いられたのは、ダライ・ラマ11世と12世だけです。しかし12世の場合も、金瓶掣籤を行なう以前に確定していたので、ダライ・ラマが金瓶掣籤を用いて認定されたのは一度きりということになります。同様に、歴代のパンチェン・ラマの場合でも、8世、9世の時にしか金瓶掣籤は行なわれていません。金瓶掣籤は満州朝の政治的な圧力によるもので、宗教的な性質は少しもないものでしたから、チベット人はこの方法を信じてはいませんでした。しかし公明正大に実行するならば、これは〔以前からある〕玉を使った籤引きの方法の一種として数えることもできるとは思われます。

1880年にダライ・ラマ12世の転生者として13世の認定が行なわれたときには、チベットと清朝との聖職者-施主の関係はまだ途切れておらず、若干の清朝の支配力の影響下にありました。それでも13世は、パンチェン・ラマ第8世をはじめ、チベット政府の神託官であるネチュンやサムイェー僧院の護法尊の予言、ラモラツォの観湖法などの様々な方法によって誤りのない正当な再臨者として認定されましたので、金瓶掣籤は必要となりませんでした。

このことは、13世ご自身が『水猿勅語』(13世のご遺言)のなかで、「周知の通り、私は金瓶の籤引きという慣習によってダライ・ラマの転生者に認定されたのではない。予言を検証し、その意味を明らかにすることで、玉座に座る者として認定されたのである」と述べておられることからも明確にわかります。

1939年に私自身がダライ・ラマ14世として認定される際には、すでにチベットと中国との聖職者-施主の関係は途絶えていたので金瓶掣籤は不要であり、話題に上がることもありませんでした。ダライ・ラマの転生者を認定する過程において、当時のチベットの摂政とチベット議会が大ラマの予言、神託、ラモラツォの観湖法などを考慮に入れて適切に認定を行なったので、中国側からの介入の余地がまったくなかったことはよく知られたことです。しかし後に、中華人民共和国の何人かの関係者が思い出したかのように「金瓶掣籤の過程は免除した」とか私の即位式を「呉忠信が取り仕切った」という、虚偽の記事を新聞で報じました。これが虚偽であったことは、中華人民共和国が重要人物と考えていた全人代の前副議長ガポー・ガワン・ジクメーが、1989年7月31日の西蔵自治区第五回人民代表者大会第二次会の際に、関連文書の証拠をあげて詳しく説明し、「国民党が述べた虚偽を踏襲して、私たち共産党が引き続き嘘をつかなれければならないことに一体どんな意味があるのでしょうか」と強調していることからも明らかでしょう。


悪質な謀略を防ぐために


これまでには、裕福な財務担当者が仏法によって心を制御できないことから目の前の現象に執着してしまい、不適切な方法で再臨者を認定して、仏法、僧伽、社会を害することがありました。また満州朝時代以降、中国の権力者のなかには仏法を悪用したり、化身ラマの問題を政治的カードとして利用してチベットやモンゴルの問題に繰り返し介入する者も現れました。現代の中華人民共和国の独裁者たちも、自身は無宗教であり、共産主義者であると標榜しつつ宗教に介入して愛国キャンペーンを行なっています。2007年9月1日には、第5号令「蔵伝仏教活仏転生管理法」というものまで施行されました。化身ラマの認定に不適切な様々な手段を強制してチベット人独自の良き伝統を根絶しようとしているのですから、我々から見れば何ともたちの悪いお笑いぐさではありますが、修復困難な傷がこのようにして作り出されつつあるのです。

しかも彼らは私の死を待ち望み、彼らの思い通りにダライ・ラマ15世を認定しようしています。最近の法律や関係省令の公布からも、チベット人やチベット仏教徒をはじめとする国際社会を欺くための詳細な戦略が彼らにあることは明らかです。そこで、私には仏法と衆生を守る責任があり、このような悪しき政策が現実化してしまう前に未然に防ぐことが急務なのですから、以下に、次期ダライ・ラマについて宣言しておきたいと思います。


次期ダライ・ラマについて 




上記に述べたように、化身として再び生を受けるということは、その先代の自発的な意志によって、もしくは自らの業と福徳と祈願の力によって、再び生を受けるということです。したがって、どのような場所に、どのように生まれ、どのように認定されるかということは、転生者として生を受けようとしている人物だけが有する権限です。本人以外の者が操作や強制を行なう余地などないのが現実なのです。とりわけ、化身ラマの概念はもとより、前世・来世の存在すらも公然と否定している中国の政治権力者たちが、ダライ・ラマとパンチェン・ラマの転生者選びに特化して介入してくるのはきわめて不遜です。このような虚言的謀略は彼ら自身の政治イデオロギーに矛盾するものであり、ダブルスタンダードであることは明らかです。このような状況が将来も続くのであれば、チベット人およびチベット仏教徒がこれを受け入れることは不可能でしょう。

私は、私が90歳くらいになったら、チベット仏教の大ラマ、民間のチベット人、その他チベット仏教に関わる人たちと相談して、ダライ・ラマの化身認定制度を継続する必要があるかどうか再度検討したいと考えています。それを元に、継続の有無を決めるのです。もし引き続きダライ・ラマの転生者が必要であるということになり、第15世として再臨者を認定しなければならない時期が来たときには、その任務の責任は主としてダライ・ラマのガンデン・ポタン基金財団の役員たちにあります。彼らはチベットの伝統仏教宗派のリーダーである高僧たちや、歴代のダライ・ラマと切り離せない関係にある護法尊から状況に応じた助言を受け、伝統に則した捜査と認定を実行しなければなりません。このことは、私の側からも明確に指針を書き残しておきたいと思っています。このように正しく、論争の余地なしに認定される化身以外には、たとえ中国人民共和国の権力者などの如何なる政治権力を有する人物が政治的必要性を満たす目的で次の化身を選出することがあったとしても、その人物をダライ・ラマの化身と認定する必要はありませんし、それを受け入れて信仰する必要もありません。このことを心に留めておいていただきたいと思います。


ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ
2011年9月24日 ダラムサラにおいて記す

 

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