ダライ・ラマ法王の中道のアプローチ — チベット問題の解決に向けて

中道のアプローチは、ダライ・ラマ法王によって提唱された政策であり、その目的はチベット問題の平和的解決、ならびに平等と相互協力に基づいてチベット人―中国人間に安定と共存をもたらすことにあります。また中道のアプローチは、中央チベット政権やチベット人有識者をはじめとするチベット人が長い時間をかけて審議を重ね、民主的に採択された政策でもあります。中道のアプローチをより良く理解していただくため、その概要と経緯を以下にまとめました。

A.中道のアプローチの主旨

チベット人は中華人民共和国の支配下にある現在の状況を受け入れていない。同時に、チベット人は独立を求めておらず、これは史実である。この二つの事実の中道を歩むには、伝統的にチベットであった三地域が中華人民共和国という枠組みの範囲内で名実を伴う真なる自治を希求していく必要がある。これが中道のアプローチと呼ばれる政策および方法である。中道のアプローチは、党派を超えた穏健的な立場を取るものであり、全当事者の極めて重大な権利を保護するものである。チベット人には文化・宗教・民族のアイデンティティーの保護を、中国人には母国および領土の保全を、近隣諸国ならびに第三者国には国境地帯および国際関係の平和を確保するものである。

B.中道のアプローチ誕生の経緯

チベット政府―中華人民共和国間で結ばれた17ヵ条協定は、対等な立場で結ばれたのでも、双方の同意によって結ばれたのでもない。しかし、ダライ・ラマ法王は、すべてはチベット人と中国人の双方を利するためであるという一念により、1951年から8年間、中国政府との平和的和解に向けてあらゆる努力を尽くされた。ダライ・ラマ法王はカシャック(内閣)と共に1959年にチベットの首都ラサを離れロカ地区に着かれたが、その後も引き続き中国軍部との和解に向けて尽力された。17ヵ条協定を甘んじて受けるという法王のお試みは、中道のアプローチと相似する。不幸にも、中国軍はラサにおいて残忍な弾圧を開始し、中国政府との平和共存という願いはもはや不可能であることをダライ・ラマ法王に確信させるに至った。このような状況において、法王に残された道はただひとつ、インドへ逃れ、亡命者として全チベット人の自由と幸福を求めて行動することであった。
ダライ・ラマ法王はインドのテズプルに到着後まもなく、1959年4月18日に声明を出され、17ヵ条協定は強迫下で調印されたこと、中国政府が故意に協定の条項を破っていたことを明らかにされた。この日を境に、法王は「17ヵ条協定は無効とみなされる。よって、チベットの独立回復に向けて取り組んでいく」と明言されるようになった。それから1979年まで、中央チベット政権およびチベット人はチベットの独立に向けた政策を採用してきた。しかし、世界全体に目を向けるならば、政治的・軍事的・経済的な相互依存が概して深まっており、国や民族の独立状態というものにも大きな変化が生じてきた。中国も例外ではなく、変化は必ず起こるのであり、両者が現実的な交渉に臨める時が来るものである。このような状況を鑑み、ダライ・ラマ法王は「チベット問題を交渉で解決するには、チベットの独立回復を目指すよりもチベット・中国双方に有益なアプローチを取るほうが双方にとってはるかに有益である」と確信されるに至った。

C.中道のアプローチ採用の経緯

それから長い間、ダライ・ラマ法王は中道のアプローチに確信を置いてこられたが、採用の決断については独断や他人任せで行なわれたのではない。法王は1970年代初頭からこの問題について審議を重ねられ、亡命チベット代表者議会の議長、副議長、内閣、学者をはじめとする多数の有識者に意見を求めてこられた。とりわけ1979年には、後に中国国家主席となる鄧小平氏から「独立を除き、すべての問題は交渉によって解決され得る」と申し出があり、ダライ・ラマ法王が長年信じてこられたチベットと中国双方にとって有益な解決策の合意が極めて強く見受けられた。ダライ・ラマ法王は直ちに返答を送り、交渉開始の同意を伝えるとともに、チベットの独立回復政策を中道のアプローチに転換することを決断された。この決断は再度、亡命チベット代表者議会の議長、副議長、内閣、学者をはじめとする多数の有識者との審議にかけられた。ゆえに、中道のアプローチは突然生まれた政策ではなく、厳密な経緯を経て採用された政策なのである。

D.中道のアプローチが民主的に採用された経緯

中道のアプローチの実行決定からダライ・ラマ法王がストラスブールの欧州議会で声明を出された1988年6月15日まで――つまり、1988年6月4日から4日間――ダラムサラで特別会議が開かれ、チベット人による自治とはどのようなものであるべきか、交渉に向けての土台が作られた。この会議には亡命チベット代表者議会の議員、内閣、公務員、全チベット人居住区の代表者、チベット地方議会、チベットNGOの代表者、ダラムサラに亡命してまもないチベット人、特別招待者らが参加し、提案文書について徹底的に審議し、満場一致で是認に至った。
しかし、この提案に対する中国政府の前向きな返答がなかったことから、ダライ・ラマ法王は再度1996年と1997年に、「チベット人は、チベット問題を解決するための最善の方法を国民投票で決めるべきである」と提議された。そこで予備的に世論調査を実施したところ、寄せられた意見書の64%以上が国民投票は必要ない、中道のアプローチを支持する、ダライ・ラマ法王が中国や世界各国との政治的状況に応じてその都度なさる決断を支持する、という意見であった。1997年9月18日、亡命チベット代表者議会はこの結果を満場一致で可決し、ダライ・ラマ法王に報告した。これを受け、ダライ・ラマ法王は1998年3月10日の声明で次のように述べられた。
「予定されていた国民投票について、私たちは昨年、亡命チベット人たちの世論調査を実施し、また可能な限りチベット本土の各地からも提言を集約しました。国民投票とは、私たちの自由を目指す運動の今後の路線を決定し、それを完全に民意に沿った形で進めるためのものです。去年の世論調査の結果と本土から集約した提言に基づいて、亡命チベット代表者議会は、国民投票に頼らず自らの裁量で事にあたる権限を引き続き私に付与する決議を採択しました。私はチベット国民に対し、かくも絶大な信頼と信任と希望を私に託してくださったことを感謝したいと思います。これまで採用してきた「中道のアプローチ」が、チベット問題を平和裏に解決するために最も現実的で実際的な道であると、私は信じ続けています。この方法こそ、チベットの人々がどうしても必要とする事柄を満たすとともに、中華人民共和国の安定と統一をも確保するものです。それゆえ私は「中道のアプローチ」に全てを託してその路線を追求し続け、中国の指導部へ働きかけるために誠実な努力を重ねてゆく所存です。」
よって、中道のアプローチはチベット人民の世論が斟酌された政策であり、亡命チベット代表者議会が満場一致で可決した政策である。

E.中道のアプローチの重要事項

中央チベット政権は、チベットの独立を求めず、伝統的にチベットであった三地域より成る政治的独立体の構築を求めている。この政治的独立体は、名実伴う真の国家地方自治を享受するものとする。またその自治は、民主的プロセスを経て一般投票で選出された立法部および行政府が統治し、独立した司法制度を有するものとする。上記の条項について中国政府の同意を得られた時には速やかにチベットは中華人民共和国の内に留まり続け、分離を求めないものとする。チベットが平和・非暴力地帯となるまで、中国政府はその防衛のために限定数の軍隊をチベットに駐留させることができる。チベットの国際関係および防衛の政治的責任は、中華人民共和国の中央省庁が有するが、宗教、文化、教育、経済、健康、生態・環境保護、その他すべてのチベットに帰属する問題についてはチベット人が管理するものとする。中国政府はチベットにおける人権侵害政策ならびにチベット地域への漢人流入政策を中止するものとする。チベット問題の解決に向けて、中国政府と真摯に交渉を行ない和解に努める主責任はダライ・ラマ法王に帰属する。

F.中道のアプローチの特徴

ダライ・ラマ法王は、チベット人と中国人にとってより大切なのは政治的条件ではなく結束・共存であるという事実を踏まえ、チベットと中国双方にとって有益となる中道政策を遂行してこられた。これは政治的にも大きな一歩である。民族の平等とは、人口、経済力、軍事力とは別に、ある民族が他の民族より優れているとする差別がないことであり、全民族が等しく共存できる状態を意味する。このような平等性は、民族間の結束を確保するうえで不可欠である。チベット人と中国人が平等に共存できるならば、それは中華人民共和国における民族間の結束、社会的安定、領土の保全という中国にとって最も重要な基盤となる。よって中道のアプローチの特徴は、非暴力、相互利益、民族間の結束、社会的安定による平和の達成にあるといえる。


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インド、ビハール州 ブッダガヤ:ダライ・ラマ法王は早朝にナムギャル僧院の法王公邸を出られ、4時間半かけてカーラチャクラ灌頂を授与するための準備の儀式を行なわれた。会場には95カ国から推定20万人以上の人々が集まっていた。今日は、最初に壇上で日本人グループが『般若心経』を日本語で唱え、続いて英米人のグループが英語で『般若心経』を唱えた。法話を始めるにあたって法王は、「生きとし生けるすべてのものが幸せを望み、苦しみを望んではいません」と述べられ、「私たちには一切有情を苦しみから救うために悟りの境地に至るという責任があります。たとえ最初は真似事のようであったとしても、菩提心を培おうという熱望を持つことが大切なのです」と語られた。

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